2010年09月13日

スクリャービン Alexander Scriabin 2

 モスクワ音楽院を卒業後、ピアニストとして活動を始めたスクリャービンであったが、1894年ベリャーエフとの出会いが彼を本格的な作曲家としての道を歩ませる。
 ベリャーエフは、ペテルブルグの裕福で進歩的な楽譜出版商で、それまで小曲ばかりが評価されていたスクリャービンを、ロシア音楽の未来を担うべき作曲家と遇した。
 彼は、スクリャービンに多額の年金まで出して、作曲に専念させた。

 スクリャービンは、作曲家としては経済的に、非常に恵まれていたといえるだろう。
 
 が、それがむしろ後に彼が神秘主義に走しることにつながったのではないかと思える。

 初期とされるのは、1901年29歳までのOP29までである。
 ショパン、シューマン、リストらの影響下にあり、とても綺麗なメロディラインが特徴である。
 が、左手の音域の広さや、複リズム、複拍子など、前衛的な特徴はすでに顕著にでている。
 また、1887年に改宗ユダヤ教の女性と結婚している。
 この結婚により、ベリャーエフの年金がカットされ、翌年からモスクワ音楽院で教鞭をとることになる。

 案外、不器用で頑固な人だったのかもしれないと、思うのである。

 OP20のピアノコンチェルトは最高です。
 
 
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posted by xmayumix at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | scriabin | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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